国際協力でアジアやアフリカなどいろんな国々にゆく機会があります。いつもはらはらどきどきしたり感動したりの旅の毎日です。そんなわたしのわくわくはらはらどきどきや印象を思いつくまま気の向くままブログに書いてみようと思います。
2012年7月29日日曜日
2012年7月27日金曜日
芦屋チャンナウプリチャリティ公演
9月12日に、芦屋市民センターで、チャンナウプリ舞踏団のチャリティ公演が、開催されます。日本とスリランカ国交樹立60周年になりますが、スマトラ沖大地震とイン洋大津波から8年、SLFAの支援活動も、8年になります。皆様の支援のおかげで、ますます、活動が進展するよう、関係者一同がんばるつもりです。
2012年3月18日日曜日
佐久大学卒業式
3月17日に、佐久大学看護学部から第一期卒業生が巣だった。80数名の看護学生が、これから県内の医療機関などで医療従事者としてあたらしい人生を始めることになる。
2年生の時に、初めて疾病論の講義を受け持ったが、マインドマップを使った授業を始めてとりいれ、学生たちの協力で、1年間の授業を行った。病気や健康を筋道を立てて考える力を養うことを主な目的にした授業だったが、あたらしい試みに、みな参加してくれた。佐久平駅前のHIVAIDSイベントも、ボランティアとして多くの学生が参加して協力してくれた。
3年生になってからは、病院実習などであうことはなかったが、卒業記念パーティの挨拶にもあったように、第一期生として、教職員ととみに新しい道を切り開いた学生たちだった。
彼、彼女らが充実した職業人生を送ることを切に願っている。
2012年3月11日日曜日
東北大震災から1年
東北大震災から1年。死者行方不明者合わせて約19000人の犠牲者を出した震災から1年たった。私は、あの時、人間ドックで診察中だったが、いつもの地震より大きいなと思った揺れが、数分間続いた。この長い時間はこれまで経験したことのないことだった。そのまましばらく診療を続けたあと、スタッフの休息場所になっている小さな部屋のTVから、津波が押し寄せている光景を見ていた。その後の日本の状況は、朝から続いているTVの特別番組の中で、さまざまな面から報道されている。人々の意識が大きく変わった部分と、いまなお変われずにいる部分があることを感じている。自分の中でも変わった部分と、変われずにいる部分が共存している。考えていることのなかで、生活や意識のなかで、少しずつ変化をすべく、努力してみようとこれからの人生の目標を立てたいと思っている。同僚のC医師が4月から石巻市の仮設住宅のある地域の診療所に赴任することも、これまでの彼の地域医療へのスタンスからはきわめて当然の帰結と思うが、専門家といわれる人たちが、当然のことを当然のようにしてこなかったことは、福島の原子力発電所災害とその後の対応をみればあきらかだ。日本では、C医師のような専門家のなんと少ないことか。
2011年7月10日日曜日
ストップ結核アクション研修
6月29日に、ストップ結核アクションコース(分野別研修)の研修員12名を佐久で受け入れた。午前、長野県庁で長野県の結核対策と現状について講義を受けたあと佐久に移動、佐久病院では、結核など感染症対策から始まった衛生指導員など保健ボランティア育成の歴史や、その後の健康管理を通じた八千穂村の健康な村づくり運動(村ぐるみの健康管理活動)の歴史、病院や村の果たした役割などについて、私たちの経験を説明した。講義の後、感染症病室、検診車の見学など、短時間の滞在ながら盛りだくさんの情報を共有する時間がもてた。研修員は、アフガニスタン(2名)カンボジア、中国、マラウイ、フィリピン、ザンビア(2名)、ジンバブエ(2名)、と日本人研修員の2名に、結核研究所から3名、長野県健康づくり事業団から1名、長野県健康福祉部(今回の長野県の研修調整担当)の同行者があった。これまでも、HIVAIDSプロジェクトなどの感染症対策関係者の研修員受け入れもしてきたが、持続可能な感染症対策を進めるためには、コミュニティーヘルス、特に健康管理と健康な村づくり運動が必要であることは、ずっと訴えてきたことであり、今回のアジアアフリカからの研修員にも共有できることを期待している。
2011年6月15日水曜日
インドネシア青年研修事業の委託

2011年度のインドネシア青年研修事業を農村保健研修センターで実施することが内定した。この研修は、2008年、2009年と研修センターで実施したもので、今年度で3回目の委託ということになる。20代後半から30代の若い保健医療従事者が約2週間、研修センターで合宿のような研修を行った。広大なインドネシア各地から参加し、彼らたちも、日本にゆくことになって初めて会ったというようなインドネシアの青年たち共有する2週間は、受け入れる私たちにとっても得難い体験をすることができた機会となった。何名かの参加者はFBを通じての交流を故国後も続けている。青年研修修了者たちと共同プラグラムを計画実施したいというのが現在の夢、、もちろんコンセプトは健康な村づくり運動。
2011年6月12日日曜日
乳児死亡率ゼロ
乳児死亡率IMRゼロは、岩手県の沢内村のことが有名です。1962年に初めて乳児死亡率ゼロを達成しましたが、健康管理に力をいれた成果として、単に母子保健だけでなく、包括的な保健医療状況が改善して初めて達成できるものであって、地域保健システムの改善を示す大事な一里塚・ランドマークだからです。
10年前から健康な村づくりのコンセプトによって協力活動をおこなってきたフィリピンのベンゲット州カパンガン地域で、2010年に初めてIMRゼロを達成しました。2001年に初めて佐久を訪問してから農村保健センターRHU医師としてこの地区で保健医療を行ってきたDrラルアンとそのチームたちにとって誇りべき成果と言えます。10年来、ここでの保健医療活動を見続けてきた私にとっても大いなる喜びでした。
今後は、乳児死亡率ゼリ達成にいたった要因に評価分析を進めることが大切な作業と考えています。
登録:
投稿 (Atom)

