2012年3月11日日曜日

東北大震災から1年

東北大震災から1年。死者行方不明者合わせて約19000人の犠牲者を出した震災から1年たった。私は、あの時、人間ドックで診察中だったが、いつもの地震より大きいなと思った揺れが、数分間続いた。この長い時間はこれまで経験したことのないことだった。そのまましばらく診療を続けたあと、スタッフの休息場所になっている小さな部屋のTVから、津波が押し寄せている光景を見ていた。その後の日本の状況は、朝から続いているTVの特別番組の中で、さまざまな面から報道されている。人々の意識が大きく変わった部分と、いまなお変われずにいる部分があることを感じている。自分の中でも変わった部分と、変われずにいる部分が共存している。考えていることのなかで、生活や意識のなかで、少しずつ変化をすべく、努力してみようとこれからの人生の目標を立てたいと思っている。同僚のC医師が4月から石巻市の仮設住宅のある地域の診療所に赴任することも、これまでの彼の地域医療へのスタンスからはきわめて当然の帰結と思うが、専門家といわれる人たちが、当然のことを当然のようにしてこなかったことは、福島の原子力発電所災害とその後の対応をみればあきらかだ。日本では、C医師のような専門家のなんと少ないことか。

2011年7月10日日曜日

ストップ結核アクション研修


6月29日に、ストップ結核アクションコース(分野別研修)の研修員12名を佐久で受け入れた。午前、長野県庁で長野県の結核対策と現状について講義を受けたあと佐久に移動、佐久病院では、結核など感染症対策から始まった衛生指導員など保健ボランティア育成の歴史や、その後の健康管理を通じた八千穂村の健康な村づくり運動(村ぐるみの健康管理活動)の歴史、病院や村の果たした役割などについて、私たちの経験を説明した。講義の後、感染症病室、検診車の見学など、短時間の滞在ながら盛りだくさんの情報を共有する時間がもてた。研修員は、アフガニスタン(2名)カンボジア、中国、マラウイ、フィリピン、ザンビア(2名)、ジンバブエ(2名)、と日本人研修員の2名に、結核研究所から3名、長野県健康づくり事業団から1名、長野県健康福祉部(今回の長野県の研修調整担当)の同行者があった。これまでも、HIVAIDSプロジェクトなどの感染症対策関係者の研修員受け入れもしてきたが、持続可能な感染症対策を進めるためには、コミュニティーヘルス、特に健康管理と健康な村づくり運動が必要であることは、ずっと訴えてきたことであり、今回のアジアアフリカからの研修員にも共有できることを期待している。

2011年6月15日水曜日

インドネシア青年研修事業の委託



2011年度のインドネシア青年研修事業を農村保健研修センターで実施することが内定した。この研修は、2008年、2009年と研修センターで実施したもので、今年度で3回目の委託ということになる。20代後半から30代の若い保健医療従事者が約2週間、研修センターで合宿のような研修を行った。広大なインドネシア各地から参加し、彼らたちも、日本にゆくことになって初めて会ったというようなインドネシアの青年たち共有する2週間は、受け入れる私たちにとっても得難い体験をすることができた機会となった。何名かの参加者はFBを通じての交流を故国後も続けている。青年研修修了者たちと共同プラグラムを計画実施したいというのが現在の夢、、もちろんコンセプトは健康な村づくり運動。

2011年6月12日日曜日

乳児死亡率ゼロ



乳児死亡率IMRゼロは、岩手県の沢内村のことが有名です。1962年に初めて乳児死亡率ゼロを達成しましたが、健康管理に力をいれた成果として、単に母子保健だけでなく、包括的な保健医療状況が改善して初めて達成できるものであって、地域保健システムの改善を示す大事な一里塚・ランドマークだからです。
10年前から健康な村づくりのコンセプトによって協力活動をおこなってきたフィリピンのベンゲット州カパンガン地域で、2010年に初めてIMRゼロを達成しました。2001年に初めて佐久を訪問してから農村保健センターRHU医師としてこの地区で保健医療を行ってきたDrラルアンとそのチームたちにとって誇りべき成果と言えます。10年来、ここでの保健医療活動を見続けてきた私にとっても大いなる喜びでした。
今後は、乳児死亡率ゼリ達成にいたった要因に評価分析を進めることが大切な作業と考えています。

2010年11月14日日曜日

キャンディー仏歯寺






キャンディーの仏歯寺は、スリランカでもっとも重要かつ有名なお寺です。仏陀の聖遺物である歯ー仏歯を祭ってあるお寺で、連日、スリランカ国内からも多くの参拝者があり、観光客とともにいつもにぎわっています。政治的にも重要で、大統領が新任するときなど、仏歯寺を訪れたり、政治的な相談をすることなどもあるそうです。9月にキャンディーを訪問した折に、現地パートナーの尽力で、仏歯寺の菅主に面会をすることができました。われわれの友好の家プロジェクトを紹介する機会を得ることができました。面会のあと、何百年も変わらず、毎日、定時に行われる仏様にささげる儀式を見学、特別に奥にある仏歯を入れた黄金の聖物を見ることができました。スリランカで最も有名な祭り、キャンディーのペラハラ祭りには、この黄金の聖物を象に乗せて町中を回ります。コロンボのペラハラ祭りは、数年前に見たことがありますが、いつかキャンディーのペラハラ祭りを体験してみたいものです。

2010年10月12日火曜日

南アジア地域連合村友好の家の建設




南アジア地域連合村(SAARC村)は、スリランカの低所得者のための農村開発のモデル村として、2008年にコロンボで開催された南アジア地域連合サミットを記念して大統領の意向を受けた当時のマヒンダナンダエネルギー電力大臣がキャンディー近郊に建設始めた村です。このモデル村つくりに協力するために”友好の家”すなわち、多目的コミュニティーセンターを作り、この施設を中心に保健活動や地域つくりにつながる啓蒙教育、職業訓練などの活動をおこない、強いては、住民自身の自律的活動や地域ネットワークつくりの拠点とするための施設です。公民館といってもよいものです。

2010年10月11日月曜日

大阪スリランカ経済セミナー




大阪商工会議所で9月27日にスリランカ経済セミナーが開催された。大阪スリランカ名誉領事館主催の経済セミナーで、関西担当日本大使、JETROや、スリランカ航空、内戦終了後のスリランカ進出を考えている関西企業やNGOなどやく30の企業や団体が参加した。私は、スリランカ友好の家プロジェクトの紹介と、企業の社会貢献メセナとしてのプロジェクトへの協力やパートナーを呼び掛けた。今後どのような進展があるかは今後に期待。